トラに噛みつかれたあげく、母をも死なせた愚かな女

その日、近距離で野生動物を観覧できる野生動物園を訪れたz一家は列を並び、入場券窓口から入園チケットともに告知書のようなものを受け取った。その告知書には、「下車禁止」「車の窓から頭と手を出してはいけない」などと、六つの禁止事項が書かれてあったが、zはろくに内容に目を通さずにサインした。てっきり車両入園登録かなにかと勘違いしていたという。

自宅から動物園までの道のりをずっと一人で運転していてさすがに疲れて、入園する前、夫にハンドルを握らせてzは助手席に座った。しかし、夫の運転が下手であることもあり、発進したり止まったりする中、zは軽い車酔いを起こしてしまった。そして車が猛獣エリアに入って間もなく、車酔いで気持ちがますます悪くなり、とうとう我慢できなくなったzは自分が運転すると言い出した。そうした方が気持ちが楽になるだろうと思ったからだ。そして夫に車を止めさせて、周りに警告板がないことを確かめると、安全エリアにいると思って車から降りた。たった数秒の行動が悲惨な事態を招くとも知らずに。

後ろからパトロールがスピーカーを鳴らして、大声で車に戻ることを促し、近くにいるほかの観覧客も車のクラクションで危険を知らせたが、それを自分の車が邪魔になっていたからだと思い、速足で運転席の扉まで移動した。zが運転席のドアを開けたその瞬間だった。突然背後から寒気を感じて振り向くと、目の前でトラが大きく口を開いていて、そのまま嚙みつかれて引きずられていってしまった。まさに一瞬のできごとだった。

zは大声で助けを求めた。しかし、その叫び声はもう一匹のトラを引き付けてしまい、背中や右の顔を噛みちぎられて気絶してしまった。

トロールはすぐ他のパトロールに支援を求め、頻りにクラクションを鳴らしながらトラを追いやろうとした。zの夫と母も車から降りてトラの後を追いかけた。母は娘のそばに駆け付けると、トラの頭部を殴った。しかし、現れた3匹目のトラに首を噛みつかれ、大量の血を流して動かなくなった。それを見た夫はパトロールカーに助けを求めた。てっきり突発事態に対応できる救助隊員が常に待ち構えていると思っていたが、パトロールカーには運転手一人しかおらず、しかも救助経験もなければ、麻酔銃や警棒らしき救助設備も持ち合わせていなかった......

z親子がトラに噛みつかれて6分ほど経って、飼育員はやっと現場に現れ、トラは二台のパトロールカーが鳴らすクラクションに威嚇されながら檻に追いやられた。二人はさらに10分後に到着した救助隊員によって病院に運ばれたが、母の方はすでに息を引き取っていて、zは一命をとりとめたものの、右の顔から頸部にかけて20センチ以上の開放性の裂傷を負い、歯が2本折れて、顔面神経損傷により咀嚼機能に影響を及ぼし、顔に金属のプレートとボルトを入れられた。背中、脊椎、胸部、腰や尻など、体の数箇所に大小さまざまな外傷を負っていた。

のちに発表された政府の調査報告で、事故発生の主な原因として、zが下車厳禁の規定を守らずに、園内管理人と他の観光客の警告を無視して車から降りたこと。母も娘を助けたい一心で車から降りたとはいえ、やはりルールを守らずに不適切な救助行為に走ったこと。この2点が挙げられた。そして、z親子の死傷事故は、生産安全責任事故とは言えず、動物園側に責任はないとの判断が出された。

その調査結果にzは納得できず、主な責任は自分にあることを認める一方で、動物園に全く責任がないとは言い切れないと不満を表した。当時自分がトラに襲われた区域に目立った警告板がなく、道路の路線も下車が可能な休息所と似ていて、トラのいるエリアから離れていると判断して車を降りたのだと、しかも園内のパトロールに救助経験がなく、事件が起きた時にいち早く車から降りて救助できなかったため、救助の最適な時期を逃したと主張した。そして、葬儀費用、死亡賠償金、精神的損害に対する賠償金など合わせて154万余りを動物園側に請求した。

一方動物園は、猛獣エリアでは、従業員とて車から降りたら命の危険に晒されかねないため、従業員を含めたすべての人の下車が禁止されているとコメントし、政府の調査報告にも書かれてあるように、動物園に責任はなく、損害賠償の請求は認められないと反論した。

ここ数年、「規則を守る」「人間は猛獣の野生を侮ってはいけない」などというキーワードがトレンドワードランキングに頻繁に上がっている。にもかかわらず、観光客に限らず従業員の不用心による似たような動物園死傷事件が多発している。

2017年1月、一人の観光客が動物園のトラをからかい、噛みつかれて死亡。2021年5月、園内の飼育員が通常業務を行う際に、ルールに反した操作をして、トラに襲われて治療不能で死亡。

2021年5月、また別の動物園で、飼育員の誤った操作で、二匹のトラが檻から脱出し、一人の飼育員が噛みつかれて死亡。

......

zが動物園でトラに噛みつかれる動画はのちにネット上で広まり、波紋を起こした。「お前が自分の母を殺したんだ」「同情の余地が全くない、どんなことがあっても車を降りる理由にはならない」「あばずれ女が喧嘩して車を降りた」などと誰もが彼女を罵り厳しく非難した。

後ほど行われた裁判で、主な責任はzにあり、すべての責任はz自身で取るべきだと、動物園側に非はなく、賠償する必要はないとの判決が下された。その結末にネット中が拍手喝采を送った。

自ら墓穴を掘ったのだから自業自得だし、同情に値しない。さらに母まで巻き込んでしまったのだから余計腹が立つ。一言罵声を浴びせたくなる気持ちも分からなくはない。

ただし、この事件でzは加害者でありながら被害者でもある。

父には許されず、退院後、顔に長い醜い傷跡が残っているため、出かけるときは必ずマスクをつけていて、周りから冷たい視線を浴びせられる始末。さらに「ルールを守らない人間」というレッテルを張られ、元の仕事を失っただけでなく、どこも彼女を雇ってくれないらしい。

何よりこれから先zは、悔いと自責の念に苛まされながら母を死なせたという重い十字架を一生背負って生きていかねばならない。そしてうずく傷跡は、己の愚かさを来る日も来る日も思い起こさせてくれるだろう。

父は、妻の死を招いた張本人である娘が許せなくて、娘のそばにいることを拒否して実家に戻ったという。娘と顔を合わせるのが辛いんだろう。しかし、だからと言って実の娘の不幸を望んではいないはずだ。

たとえ被害者の立場から娘に何らかの償いを求めるとするならば、それはきっと、ちゃんと反省して妻として孫の母としてその役割を果たし、母の代わりにしっかり生きて行くことに違いない。

zと彼女の家族は十分悲惨な代償を払った。

もしzが、世間から寄せられる悪意と非難に耐えられず、精神疾患を起こしたり死んでしまったりしたら、それこそこの家族にさらなる打撃を与えてしまう。

それにしても、人間は自分の身に災いが降りかからないとなかなか危機感が持てないのだろうか。血であがなった教訓も人間の警戒心を呼び起こすことはできないらしい。

尤もらしいことを言っているが、私自身、よく車が往来する道路を隙を見て横断したりする。何かにつけてまぐれを期待するのは人間の腐った根性ともいうべきだろうか。